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真夏のサイパンへ!家族3人+お腹の中の赤ちゃんで南の島へレッツゴォ!!(9/19-9/22/2005)


待ちに待ったちょっと遅めの夏休みが近づいていた。

もうワクワク!ってわけで、このインターネット広告業界に関わるようになった4月から良く来るようになった六本木ヒルズ(クリック!)の前を歩く足にも力が入るってわけだ。

そんな時、僕のケータイ電話に妻からのコールが入った。

「どうしよう〜やめたほうが良いんじゃないですか…ってお医者さんに言われちゃった〜」

妻はまもなく…あと2週ほどで妊娠7ヶ月である。

赤ちゃんが生まれたらしばらくは海外なんて行けないだろう…ってことで、それでもなるべく近くてのんびりできる南の島…と、サイパン3泊4日の夏休みの家族旅行を企画したボクラだった。

そんなわけで
「一応…今、定期検診に通ってる産科のお医者さんに見てもらいナヨ。お墨付きってわけじゃないけど」

と、安心仕切って…(保険のつもりで)…旅行の5日ほど前、妻を病院にいかせた僕だったが、検診後の妻からの電話は僕にとっては意外なものだった。

「え?それはなんかエコーでお腹を見てもらってなんかやばいとこが発見されたの?
と、ちょっぴり動揺しながら聞き返す僕に妻はこう言った

「それが全然見てもくれなくて…サイパンに行きたいんですけど…って言うや否やいきなり高圧的に
『やめたほうが良いんじゃないですか?僕の友人が過去にグアムで早産になったことがありますよ。妊娠は保険が効かないから…未熟児は1ヶ月くらい保育器に入るから数千万請求されてましたよ。結局弁護士に入ってもらって…それでも2千万くらいかかりましたよ。それがあなたには起きないって可能性がないとは言えないですからね』
…って。もうお腹を目視ですら見てくれなくて…もう先生の考え方はこうだ!!って感じで…」

『日本の医者は妊娠中の飛行機はだめだって言う人が多いらしいけど、アメリカの医者はめったに言いませんよ。特に安定期ならなおさらですよ。』

…なんて商社でアメリカに長期にわたって家族と赴任していて、あちらで妊娠し、9ヶ月くらいのときに帰国してきた(しかも途中でハワイで数日休憩もして)後輩にそう聞いていた僕は、そんな妻の電話にびっくりしてしまったわけだ。


「万が一…って時は家と株券を売るけどさ…、実際行くか行かないかは自分で決めていいよ。僕と子サムライだけでも行けないことは無いし。

だってさ、お腹も見てくれないでそう言うってことは、もうその先生の信念だけだよね。今現在は別に順調で早産の心配は無いわけだし…しかもその先生が心配してるのはその“数千万”っていう医療費のことだよね?

早産だけなら日本でもサイパンでもするときはするんだよね?・・・だったら自己責任だし…
お金はまあ横に置いとくとして・・・、それより自分の自信と体の調子を鑑みて、決めてみなよ」
帰宅した僕は、とりあえず妻にそう言ったのである。

…まぁ…そうは言いつつ…もちろんもうすべての旅行代金は払い込んであるし、海外旅行保険(もちろん妊娠は適用外)も家族3人で申し込んである。

すっかりパッキングされたスーツケースも3人分の着替えが入ってるわけだ。
(荷物はすべて僕が持つ…ということに決めていたので、3人家族旅行とは思えないほどコンパクトな荷物なのだが)

そんなわけで、とにかく前日まで悩み、一応昨日も医者に行きお腹のエコー検診で『順調ですね』という診断は貰い、それでも不安でインターネットで調べては“賛否両論”の意見を読んでさらに悩んでいたわけで…まさに『こんなことなら医者に聞かなきゃ良かったね〜』状態だったわけではあるのだが…

「うちの子サムライも元気に素直育ったし、僕らは子供のことに関しては、そんなに運が悪くはないと思うよ!」

なんていう不確定性バリバリの宣言のもと、悩みの時間もタイムアップ!!で、なにやら嫌な不安を抱えた僕らはサイパンへと出発したのであった。




出発は早朝でまだ太陽は昇っていなかった。

近くの駅から始発に乗り、8時前に成田空港に到着するためである。JALパックも、郊外生活者に結構厳しい集合時間を強いるものなのだ♪

ちなみにこの日は中秋の名月で、15夜のお月様(クリック!)が見送ってくれる中、ぼくらは家を出て(クリック!)、JRの在来線を乗り継ぎ(クリック!)、無事に成田エクスプレスに乗車した(クリック!)のであった。

なぜか・・・いつもとは180度違う(by妻)優しさを発揮し、荷物をすべて抱えて歩く父親の姿に触発♪されたのか、息子は成田エクスプレスの中でずーっと、上にペーストした写真のように、妻のお腹をずーっとさすっていたのである。

しかもたまにお腹に口を近づけ、
「赤ちゃん、ママが苦しくなるといけないから、旅行中は静かにしててね♪」
なんて…感じである。おやおや、お兄ちゃんになったもんである♪

そんな息子の助けもあり、成田空港に着いた(クリック!)ときの妻は、久しぶりに乗った電車にも関わらず、“意外に快調!!”であったらしい。

そういえば5年近く前…まだ息子が妻のお腹の中に入っていたときは、妻はまだ働いており、毎日電車に乗って東京へと通勤していたのである。

「あの頃毎日ラッシュで…妊娠8ヶ月まで通勤してたなんてちょっと信じられないね〜」
と専業主婦様らしいセリフを妻が言うので、
「だってあの頃はいまより5歳も若かったからね〜」

…と言って、妻だけでなく、『そういうこと言っちゃ、い〜けないんだ〜♪いけないんだ〜♪』と、息子にまで朝っぱらから怒られる僕なので…あった。

ともかく、そんなこんなでボクラは、JALウェイズのビジネスクラスシートに乗り込み(クリック!)、ほとんど揺れもせず快適なフライトで3時間後、サイパン国際空港へ到着したのであった。


★ サイパンダ…(笑)…との出会い…。

空港(クリック!)に降り立ち、さまざまな手続きの後、到着ロビーに着くと、そこはやはり南の島、サイパンなのである。

空港施設内…ということで確かにエアーコンディショナーは効いているものの、それでもなんとなく暑く、そしてなんとなく湿度が高い気がした。


そういえば初めて沖縄に行った15年ほど前にもこれと似たような感覚があったことを思い出しちゃったりするわけである。

そんな少しだけ蒸し暑い空港の端っこに、みんなに横を素通りされ、なにやらポツン…と寂しげに佇む着ぐるみがいた(クリック!)のである。

彼の名前はサイパンダ…

サイのような角を持ち…しかもパンダ柄…という…もちろん“日本人にしか通じない”駄洒落キャラである。

「きっとサイパン政府観光局とかが、日本の大きな広告代理店に
『ここのかわいいキャラで、日本からの旅行者は倍増ですよぉ〜!!』
なんてプレゼンされて、勢いで採用しちゃったんだろうな〜」
と、そこはかとなく侘しさを感じずにはいられない僕だったりするわけだ。

ちなみにこの“サイパンダさん”はボヤボヤしてると観光地などにも、バスに変身(クリック!)してやってきたりするのである♪

しかもホテルのフロントからはこんなサイパンダ・リュックサック(クリック!)がプレゼントである。
なぜかサイパン、そこまでサイパンダに賭けてるわけなのか?それとも現地の方達も、このキャラクターをかなり気に入っちゃってるのか?

ところがこのサイパンダ、旅の途中から、ボクラの中では…特に息子にとってはかなり格が高くなった…のである。

僕らが泊まったのはハファダイ・ビーチホテルというホテルであった。
車のナンバープレート(クリック!)にも “HAFA ADAI” と書いてあったりするのだが、これはサイパンの現地語、『チャモロ語』で“ようこそ!”とか“こんにちは!!”の意味らしい。

そのホテルの真正面にDFSギャラリアという俗に言う“免税店”があり、海外旅行には付き物のよくある話ではあるが、僕らは無料の島内バス観光などの後に強制的にそこに連れて行かれたりするわけだ。

そんなわけで、ボクラも当然のように、そのDFSギャラリアにいたわけなのだが…
そこでトラブルが発生なわけだ。
息子がサイパンダのリュックサックを、かなり気に入ってしまい…いつもそれを背負いながら行動していたのだが…

ギャラリアの中で走り回ろうとする息子を止めようと、僕がそのリュックサックの肩紐の部分に手をかけた…その時…

「びりびり!!!」
と、サイパンダリュックサックは哀れにも破けてしまったのである。

もちろん息子は大号泣である。
そして、申し訳なくも僕はオロオロだったりするわけだ。

そのとき!!神出鬼没のサイパンダの着ぐるみが息子の前に登場!!である。

サイパンの観光関係の人はほとんどが日本語も喋れたりするのだが…さすがにサイパンダまでは日本語は浸透していなかったらしい。
それでも英語でゆっくりと息子に話しかけ、さらに抱き上げたりハグをしてくれたりして、息子が泣き止むまで慰めてくれたのである。

しかも僕がこっそりと『実はカクカクシカジカで…僕がこのリュックを壊しちゃって…』と言うと、

「心配無いよ。ホテルのフロントに最初から壊れてたって言えば、絶対新しいの貰えるよ。たくさん供給されてるんだから」
と、僕まで慰められちゃったわけだ。

「サイパンダは僕のヒーローにするよ!」
と、それから息子はサイパンダの大ファンになってしまい、どこかに行くときも、寝るときも、レストランで食事するときも、そのリュックサックと一緒なのであった。

ちなみにホテルのボクラの部屋に行くエレベータの前には、こんな妊娠した女性の人形(クリック!)が置いてあったのである。

「妊娠した神様の人形が置いてあるんだから、きっと妊婦に悪いことは起きないはずだよ!」

ご利益があるかどうかは分からないが、僕はその人形の前を通るたびに、『妻のお腹に何も起きませんように』とお祈りをしていたわけなのである。


★サイパンは、日本がいっぱいなのだ




  ちょっと節約…で、ホテルの部屋のグレードはハファダイ・ビーチホテルの中でも低めのランクにしたものの、それでもさすがに窓からの景色はビバ★南の島!である。

しかもあとひと月ほどで、サイパンの知事選挙がある…ということで、街のロードサイドにはこのような南国選挙色豊かな看板(クリック!)があちらこちらに立っており、これはこれで異文化地域に来たナァ…という思いをボクラに強くさせてくれるわけだ。

日本から3時間…しかも適度に安く、快適…ということでサイパンはボクラのような幼児連れ家族にはピッタリなことこの上ないのだが、その気軽さ…と、実は島の観光従事者のほとんどが、現地語と英語、そして簡単な日本語が喋れる…ということの楽さからかお年寄りや、高校生・大学生くらいのカップル、もしくは友達同士のグループも多かったりするのだ。

(帰りの飛行機は運の悪いことに茨城のウィザス高校という高校中退者向けの通信制高校の団体と一緒になってしまったのだが…“それがうるさくてかなりムカついた”ってわけだ。

最近の茶髪の若いやつらは、やっぱり空港やDFSなどでも地べたに群れて座り…『外国の空港やデパートで地面に直接座ってるやつなんてホームレスしかいないんじゃないか?』なんて思ったりもするのだが…

まあ日本語がどこでも通じる…なんていう安心感は、こういう旅の常識の無い奴らから海外の緊張感を少し取り除いてしまう…という部分もあるんではないか?…

なんてムカつきついでに分析をしてみたりもするわけだ)

おそらくそんなサイパンへの旅行者のかなりの部分が日本人なんだろうことは想像に難くない。

観光従事者たちは日本人にかなり寛容で(おそらくチップの渡し忘れなんかも頻繁に発生しているはずだ)、日本語も簡単なものならほとんどの人が分かり、そして街には日本語が溢れているわけなのだ。

DFSギャラリアの裏通りを散歩していて発見したお店は、なんとこの写真だけ見たら大阪の郊外みたい(クリック!)だし…

ABCストアの隣には日本以外では珍しい街角のポリスボックスがあり、しかもそこには “交番”のサイン(クリック!)が書かれているのである。

実はこのサイパンでは、台湾と同様に日本統治だった時には日本語教育が強いられていたらしく、70歳以上の人などは一般の人でも日本語が概ねペラペラらしい。

そして韓国や中国などと違い、日本がきちんと統治ができていた台湾などはわりと今でも親日派が多い…なんてことを聞くので、もしかしたらサイパンなども割と親日派は多く、ビジネス以外の意味を超えて、こうやって日本語が溢れていることにそれほど嫌悪感を持つ人が少ないのかもしれない(単なる旅行者の勝手で思慮深くない想像ではあるのだが♪)

とは言っても♪…外国で日本語があれば必ず“笑える間違い”があるのが旅の常ってもんである。

その間違いのポイントは大きく数種類があるらしく…

まあカタカナの『ツ』と『シ』を間違えるこのようなミス(クリック!)はよくあることなのだが・・・

   

「おいおい、ちょっと堂々と間違えすぎじゃないの?」…と、いうような『ン』と『ソ』を間違えた左の写真のような大きな看板や、長音を表す横棒を“すっかり省略”してしまった右の写真のようなモノが多いようであった。

しかしそれにしても『ミルクポン』なんだかかわいいぞ。ミルクポン♪…一度使用してみたい気がするってわけなのだ。


★島内観光バスツアーで見た、昔『ここは戦場だった』のだ。

数ヶ月前、サイパンには天皇皇后両陛下がサイパン陥落の最後の攻防戦の地となった北のバンザイクリフに慰霊に初めてやってきたらしい。


とは言っても別に僕は天皇崇拝者でもないわけで…だからどうってことも無かったのだが、それでも
「たくさんの日本の民間人が命を落としたその『バンザイクリフ』ってやつを折角だから見てみたいな…」
ということで、JALパックが主催する、無料の島内観光バスツアー(2時間ほどで島の北を巡り、最後はもちろんDFSギャラリアに強制的に降ろされる…っていう“良く出来たツアー”です)に参加したボクラであった。

しかしそのバンザイクリフ…数千数万の日本民間人(そのほとんどは女性か子供だったらしい)がアメリカ軍に追い込まれ、「天皇陛下ばんざーい!!」という昔、僕が子供の頃、漫画“はだしのゲン”で何度も見た台詞を叫びながら自殺していったことからその名前がついたらしいのだが…

写真のようにとにかく美しい景色…だったりするのである。

「きれいだね〜」
息子も思わず着いて一番にそう言っていたが、それが“不謹慎ではないくらい”素晴らしい景色なわけだ。

バスの中ではガイドさんが、そのバンザイ自殺の悲惨な話をトクトクと聞かせてくれた。
それを妙に神妙に聞いていた僕と息子だったのだが…

僕は、そんな大げさな話ではないのだが、政治思想的に言うと、どちらかというとサヨクに近い人間だと…自分では思う。

でも、広島の原爆ドームに去年初めて行ったときもそうだったのだが、なんかこの日本人が大量に戦争で殺された話を聞くと、“悔しく”なってしまうのだ。
下手すりゃ、「チクショウ!!アメリカめぇ!!」…なんて思っちゃうわけだ。

そんなわけで、この信じられないくらいに美しい崖で、信じられないくらい沢山の子供や女の人たちが身を投げた…なんていう戦争の悲惨さを感じ、かなり感傷的な気持ちで海を眺めていたボクなのであった。

そういえば翌日に行ったサンゴ礁で囲まれた“恐ろしく美しい”島、マニャガハ島にも、その場に似つかわしくない砲台の残骸が残されていた(クリック!)
少なくとも息子が戦争に関わるようなことがあっちゃいけないなぁ…と、思いを強くする僕・・・ってわけなのだ。

…ちなみにそんなバンザイクリフの近辺では、日本の街角でよく見るこんな札(クリック!)を発見した。
この団体は新興宗教なのか?それともなにかのボランティアなんだろうか?
「世界人類が平和でありますように」…まったくその通りなのだが、まさかサイパンまで進出しているとは思わなくて吃驚!!ってな感じなわけだ。

ところで、僕が胸を痛めながら海を見ているときの妻と息子であるが…

妻が僕を大きな声で呼ぶのである。
「早く!きてきて!!」

妻が指差すほうを見るとなにやら古めかしい建物が…。
「あれ、たぶん戦争時代の牢屋なんじゃない?写真撮ってあげようか?」

と妻が気を利かせ、撮影してくれたのがこの写真(クリック!)…である。

…言っちゃあなんだが、さっきこの建物には僕と息子はすでに入ってきたのだ…

なんていったって、この建物は牢屋ではなく…単なる公衆便所なのだから…

・・・一応妻にはその場では内緒にしておいた僕なのであった。

ちなみに息子はこのバスガイドさんによる、バンザイクリフの話がやけに心に響いたらしく、海を見ながら、突然こう叫んだのである。

「じゃんばーい!!」

周りの大いなる失笑を買ったのは言うまでも無いってわけだ。

そんなわけでバスはそれらのクリフを後にし、マニャガハ島が望める丘の上(クリック!)で休憩し、さらにサイパン本島では最も美しいとされるサンゴ礁のビーチを観光(クリック!)し、しかもこんなにでかい生きている貝(クリック!)なんかを息子が見つけちゃったりしながら(中からウネウネ〜と貝の中身が出てきた為、恐ろしくなってすぐに海に返しましたが…)、無事ホテルに戻ったボクラである。

なお、その後はベッドで休む妻を残し、ホテルのプールやビーチで思う存分遊んだ僕と息子であったが…

さすがに疲れたらしく、部屋に戻った直後に…息子はパンを食べながら寝てしまった(クリック!)のであった。


★やっぱりビーチなわけだ。サイパンは。

まあ、そうなんだかんだ言っても、やっぱりサイパンはビーチ!!なわけである。

   

『海と星のBBQ!』と名づけられたオプショナルツアーをホテルで予約し、ダイエットなんてすっかり忘れてGO!GO!である。

まあとにかくボリューム満点でうまいこと!!シーフードとステーキの饗宴を思う存分楽しんだボクラであった。

ところでこのバーベキュー会場には、ギターを抱えたおじさんが一人、客からのリクエストでの弾き語りを行っていたのである。

当然こんな場所なので、ムーンリバーやスタンドバイミーなどの日本人も良く知っていて、しかもミディアムテンポの曲が奏でられている…ってわけなのだ。

そんなこんなで息子のところにもリクエストを聞きにやって来たのだが…

そこで息子はこう言ったのだ。
「クイーンのロッキュー(ROCK YOU)!!」…

・・・と、いうことでおじさんノリノリ(クリック!)

それをキッカケに、すっかりロックンロール大会と化してしまった、BBQ会場であった♪


さて、今回の旅のメインイベントはやはり船で15分の無人島、マニャガハ島への旅!!である。

   

息子はシュノーケルをつけて海に浮かびながら顔をつけるのがとんでもなく気に入ってしまい、ずーっとやっていたのである。

もちろん妻は泳げるわけも無く、木陰でリラックス…なわけで・・・、そのエネルギー満タンの息子には僕がずーっと付いてまわる訳だ。

海はとんでもなく綺麗で…ゴーグルをつけなくても様々な熱帯魚が泳いでいるのが見えたりするわけで・・・そりゃ最初は怖がって僕に怒られていた息子も、慣れてきたら海から出ない!!ってわけなのだ。

途中で大き目の蟹を見つけ(クリック!)、「ママに見せなきゃ!!」と砂浜に向かってくれたから良かったものの…

あのまま太陽の下にずーっといたら…ひ弱なサラリーマンの僕は、完全にヤケドをしたな・・・と思うくらい、僕も…そして息子も真っ黒クロ♪になったわけである。

と、いうわけで僕らは何事も無く、日本に帰ってきたわけである。
いろいろ心配もしたし、妻は大変だったと思うが、息子がこんなに喜んでくれたてことで、行ってよかったなあ〜と、思うボクラなわけなのだ。

帰りの飛行機で、息子が妻のお腹に向かって何回もこう言っていた。
「今度は泳ぐのを教えてあげるからね♪。また一緒に来ようね」

次は4人家族での旅行だな。パパはまだまだ、頑張らなければいけないって・・・わけだ。




追伸:

そういえば、自分と息子にお土産を買ってないなあ・・・と思い、最終日にダラスで流行っていたデザイナーのポールフランクのTシャツを見つけ、購入しました(クリック!)

まあ日本では知ってる人以外には、単なるサルのTシャツですが・・・。



ところで今回の旅の後、息子になにが楽しかったかを聞きました。これがその順位です。

一位:お魚を海でたくさん見たこと

二位:プールにたくさん入ったこと

三位:貝殻やサンゴをたくさん取ったこと

四位:飛行機に乗ったこと

五位:成田エクスプレスに乗ったこと


まあ、そんな感じの家族旅行でした♪っていうことです。
2005年09月24日


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