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短い期間のダラスでの赴任生活ではあったが、とても幸運な事にたくさんのいい出会いに恵まれたと思っている。ウィリアムズ・ファミリーとの出会いもそんな中のもっとも重要な出会いの一つだった。 ウィリアムズ・ファミリーにはムサシとアラシという、子サムライとほぼ同年代のお子さんがいたことも、サムライファミリーにとってはラッキーな事だった。(ウィリアムズ・メルモさんのHPはこちら。クリック!) さて、遅ればせながらの夏休み。今年は祝日を上手く利用し、結構長めに取る事が出来た。しかもメルモさん、アラシ、ムサシが実家のある島根県隠岐島に帰国していると言うじゃないか!これはもう、お世話になりに行くしかナイジャナイカ! 当初の計画では妻も僕も、JALのマイレージで近くの空港までなんと“タダ”で行ける筈だった。妻のマイレージは約17000マイル、僕は14000マイル・・・「お〜こりゃラッキー!」と、いざ予約しようと思いきや・・・「あれ?」と妻。 ・・・僕が松山と松江を勘違いしていたのである・・・松山なら1万マイルで行けるのだが・・・ と、いうわけで妻だけ15000マイルのマイレージを使い、僕は実費で(国内線は3歳まで無料だった!ゆえに子サムライはタダ!これは予定外のラッキー!)とりあえず出雲空港に向けて出発する・・・という帰国後初のサムライ家族旅行はスタートしたのであった。 9/16/2003 出発は平日の月曜日。 飛行機の都合で朝の出発となる僕らは、前夜の家族会議でこう決めた。 「羽田空港までの長い道のり・・・。大きな荷物を持って、しかも子サムライを連れて、朝の通勤ラッシュに巻き込まれるのはちょっとごめんだ。だからちょっと早めに・・・6:40頃には家を出よう!」 ![]() ![]() と、気合を入れては見たものの、相変わらず朝は弱く、7:20に家を出て、混み合う電車に耐えながらなんとか浜松町にたどり着き、羽田空港行きモノレールに乗った。 意外に空いていたモノレールで座った僕に妻が焦った顔で言った。 「ズ・・・ズボンが・・・(ぷぷぷ・・・)。それ1本しか持ってきてないんだけど・・・(ぷぷぷ・・・)」(クリック!)。 まあ、旅にはハプニングは付き物だ!!と、言うわけで “なるべく足を広げないように気をつけながら”無事に空港ゲートに到着し(クリック!)、出雲行きJASに乗ったのであった(クリック!)。 出雲に着いたのが大体昼の12時。前夜の練りに練った計画では、ここで急いで出雲市行きのバスに乗り、そこからまたバスで出雲大社に行こう!としていたのだがなんとラッキーな事に“一日2本しか運行していない”直通バスがちょうどあることを発見(クリック!)!これは観光バスのようになっており、人の良さそうな運転手さんのご当地弁バリバリの観光案内を聞きながら、田んぼの中を通り抜け(クリック!)、1時間半に1本しか運行していないという一畑鉄道によってなぜか偶然にもかなり長く踏み切りで待たされ(クリック!)、どうにかこうにか予定よりも早く出雲大社に到着である。 ![]() ![]() ダラスでは教会に通っていた息子は、どうも神様・・・というと教会の神父さんを想像するらしく・・・「ハレルヤ〜」などと歌いながらも、真剣にお清めをし(クリック!)、おみくじを引いていた(クリック!実はかなり凶に近い結果ではあったが、まあいいとしよう。記念だしね)。 それにしても、ここにあった国旗は大きかった(クリック!)。テキサスでは国旗と州旗はいたるところで見るが、日本ではなかなか見る機会も無いしね。なにやら威圧感を感じたなあ。 まあそんな感じでお参りも済ませ (縁結びの神様・・・と聞いていたので、結構爽やかなイメージを持っていた出雲大社だったが・・・どう見ても「あなた達・・・不倫でしょ?」という感じのカップルが多かった事だけは、ここに記しておこう) 、名物出雲そばを食べ(クリック!)、電車でメルモさんファミリーと待ち合わせをした松江駅に向かったのであった。 ・・・実は待ち合わせはホテルのロビーだったのだが・・・上に記したように、僕のズボンはこの時点でもまだ破れていた。そこでズボンを購入するために立ち寄った松江のサティのゲームセンターで、我々(まずは息子とムサシ・・・2ヶ月以上も会ってないのに、二人ともお互いの事はよく覚えてたなあ・・・)は偶然再会するのであった(クリック!)。・・・そんなこんなで松江の東急インに一泊し、旅の一日目は過ぎていくのであった。 ところで、松江までの2両しか無い電車にて。電車の中は結構暑かったのだが、僕らの席のところにある扇風機だけなぜか動いてなかった。「こわれてるのかなあ?」なんて話している時に見つけたのが、席の横の壁に着いていたこんなボタンであった(クリック!)。なんと山陰の電車の扇風機はセルフサービスだったのであった。 9/17/2003 松江といえば城下町(クリック!)。子供の頃城マニアだった僕には“すこしグッとくる” 町である(子供達が遊んでいる隙を狙って、僕だけお城を最上階まで登らせて貰っちゃいました♪)。この松江城のお堀は、日本でも珍しい周遊できる船のコースがある(クリック!)。 16もある橋をくぐる時、船の屋根が下がり、乗客は相当身を屈めなければならないのも“お楽しみ”の一つである。 ![]() ![]() そんなわけで息子もアラシも大喜びだった次第である。 加賀港から超高速船“レインボー”に乗り約一時間、隠岐島の島後(どうごと読みます)はとても美しい場所だった(クリック!)。 着いた西郷の港で、メルモさんのお父さんと釣りをして楽しんだのだが(クリック!)これがすごい。もうバカバカと鯵が釣れるのである。「試しに餌つけないで見たらどうなる?」と妻が言うので「魚もさすがにそんなバカじゃないっすよ〜」と、言ってる矢先に釣れてしまうのである。もう都会っ子は「ウッヒョ〜!!!」と大喜びであった。 釣りの最中、海の中にクラゲを発見した。それは都会のもやしっ子の知っているクラゲより幾分大きいものだった(クリック!)。「やっぱりきれいな海の中じゃ、クラゲも大きくなるのかなあ・・・?」なんて思っていたのだが、後日それについて驚愕の事実が判明する事になろうとは、このときはまだ知る由も無かったのである。 9/18/2003 この日も快晴!! メルモ一家と僕らはフェリー(クリック!)にて隠岐の島前 (どうぜんと読みます) の西ノ島へ向けて出発した。 ![]() ![]() 松江から隠岐の島後に来る時に乗った“超高速船”も確かに早くて良かったのだが、やっぱり船旅は甲板で“海風に当たる”だよね〜!!風が少しだけ涼しくて、とても気持ち良かった! ところで、船の中で、ライフジャケットを身にまとっていた人形・・・(クリック!)。彼が相当艶めかしかったのだが・・・やはり海風は男の色気を引き出すんだろうね・・・きっと。 途中で島の民家の中(クリック!)で迷ったりしながら(ここで僕は車を降りて3人で井戸端会議中の島のお婆ちゃんにホテルの場所を聞いたのだが・・・親切過ぎることに、3人ともが“まったく同じこと”を順番に“都合三回”教えてくれた)とても素敵なロッジ風の鶴丸シーサイドホテル(クリック!)に到着。 少しの休憩と子供達のおもちゃの取り合いを挟んで、僕等は“隠岐を代表する自然景観”であり、“大山隠岐国立公園特別保護地区”である国賀海岸に向けて車を走らせた。 途中で、海の中から上半身だけ出してなぜかニッコリ微笑む海女さんの人形(クリック!)などの不思議なものに目も奪われそうになったりもしたが・・・ 兎に角!!びゅーてぃほーーー!!! ![]() ![]() 比類なき!!とはこのこと・・・といった感じなのではあるが、特にその中でも素晴らしい景色が眺められる257mの大絶壁“摩天崖”は山の中程から山頂にかけて、なぜか多数の牛や馬が放牧されていて、自然と動物のコントラストがとんでもなく魅惑的な景観を作り上げていた。 道中では時たまこんな風景も・・・(クリック!)。みんなその迫力に大興奮であった(クリック!・・・この写真だけサイズが大きいです)。 国賀海岸の興奮冷め遣らぬまま、フェリーに10分ほど乗って“中ノ島”へ。 この島に住むメルモさんのお友達にここで会い、まずは島一(?)の有名人、西川峰子の家を“ぱぱら〜ッチ”と案内してもらった。 知ってる人は知っているらしいのだが(まあ、当然僕は知らなかったが)、彼女は村上家という“1221年に島流しにあった後鳥羽上皇”の身辺の世話をしたという古くからの豪族の48代目子孫の家に嫁いだらしく、それは古めかしい立派な家であった。 その立派な家のすぐ隣に、結婚の記念(新婚生活用ってことだよな〜)に彼女が金を出して家を建てたそうなのだが・・・(クリック!)、これ、この島では絶対浮きまくってる・・・と思うのは僕だけだろうか・・・?(ところで、西川峰子って何をした人なんだ?むか〜し唄った歌がヒットしたのか?それでポ〜ンとこんな家建てれるのか?そういえば前に彼女の別荘が豪雨で流された・・・なんてのもワイドショーでやってたなあ・・・。芸能人て、なんか金を貰いすぎてるんじゃないかって気がいっつもするのは僕だけ?) ところで、この島にはいたるところにお地蔵さんがいる。そのお地蔵さんは一風変わっていて、右手でなにやら鉄アレイのようなものを持っているのだが・・・(クリック!)。よーく見てみると、どう見ても手の向きが変なんだよなぁ。親指を外側に、なんかすごく無理な体勢で持っている。なんか意味があるんだろうか? その後車を東に走らせ、明屋海岸へ。これまた水が綺麗!!(クリック!) 子供達も遊び疲れてお腹が空いたらしく、メルモさんのお友達が持ってきたお菓子を、海を眺めながら“奪い合って”いた(クリック!)。 ところで・・・海岸の岩場を歩く僕の眼に、なにやらキラキラするゴムのようなものが飛び込んできた。しかもそれは1個ではなく、岩場の波打ち際に、数十個・・・いくつかは海にプカプカ浮かんでいた。 何かと思って近づいてみると・・・それは・・・ クラゲ!!!(クリック!)・・・・・超巨大クラゲである(クリック!)。 直径が50〜60cmくらいあるのである。しかも足の部分はなんだか得体の知れない感じなのである。なんか気持ちよさそ〜うに泳いでいる奴もいるのである!!こんなものは、アマゾンとかにしかいないと思っていたぞ!。・・・やはり豊な自然・・・侮りがたし・・・である。 そんなビッグサプライズにも遭遇し、僕等一行はまたもやフェリーに乗って、西ノ島の鶴丸シーサイドホテルに戻った。夜はこの島に最近アメリカから来たメルモさんの友達、黒人女性のLaunaが遊びに来て、お酒を飲みながら、(なぜかこの場におよんで)日本語の難しさについてみんなで語り合ったのであった。すっかり酔っ払い、よーく眠れたことは言うまでもない(クリック!)。 ところで、島前での夏のお祭の名前は「キンニャモニャ祭」と言うらしい(クリック!)。 キンニャモニャ・・・なんじゃそりゃ・・・?って感じである。昔の映画で「キューポラのある町」とか言うのがあったが、“キューポラ”という語感よりも“想像しにくい”名前である。 「・・・いったいなんだろう・・・?」なんて考えながらも幸せに眠りにつけたのは、次の朝僕に降りかかる、災難を知る由もなかったからだ・・・と、言うのもあながち大袈裟ではなかったかもしれなかった・・・のであった。 9/19/2003 前日の疲れからか全く起きない子サムライ(クリック!)を尻目に、僕はムサシとホテル二階のロフトのような部屋で遊んでいた。昨日は僕も多少、子供達と一緒になって海岸の山道などを走ってしまい、少々腰が痛かったのだが、まあ、特に珍しい痛みでもなく、割と元気に“いいお兄さん”の役割を朝からこなしていたはずだった。 この二階の部屋はロフトのような構造になっており、窓からは一階が覗けるようになっていた。 そんな時、ムサシが言った。「サムライさん!抱っこして覗かせてよ!」 「よ〜し!!お兄さんに任せておけよ〜!スッゴイ上まで抱えちゃうぞ〜!!」 ・・・お兄さんじゃなかった・・・ ・・・もう“いい年のおじさん”だった・・・ 一瞬息が出来なくなり、腰から背中にかけて激痛が走った。・・・そしてその場に崩れ落ちた・・・。 結果はこれである(クリック!)。コルセット装着!!である。ぎっくり腰である。世良正則なら「むぁたひぃとぉつ〜♪」と唄ってくれそうなくらいの中年への一つの証明である。 そんなわけで、島後へのフェリーの中ではずーっと横になっていた。 子サムライが船のゲームセンターで、こんな素敵な景品をゲット(クリック!)して戻って来て、普段なら大喜びの大騒ぎ! のはずなのだが、この写真を撮るので精一杯だった。 島後に戻ってから、檀鏡の滝に連れて行ってもらった。近づいてきている台風の影響で、天気は今にも泣き出しそうだった。 ![]() ![]() 滝の裏側からの眺めが特に美しい、山中にある滝の水は、サンショウウオを生息させるほど綺麗であり、日本の名水百選にもなっている。万病に効くとの話もあるらしい。 「腰治れ〜腰治れ〜」と、僕が水をがぶ飲みしたのは言うまでもないことである。 ここだけの話だが、メルモさんの運転技術は相当なものであった。滝への道中、様々なドライビングテクニックを堪能させていただいたのだが、その高等テクニックの一つ「対向車があると必ず急制動」では、僕はこっそりと、腰の痛みによって悲鳴をあげていた・・・というのはかなり内緒の話だったりする。 夜、子サムライは明日の別れを惜しむように、ムサシと一緒に“仲良く”お風呂に入っていた(クリック!)。 そんなこんなで、生まれて初めてのぎっくり腰の夜は更けていったのであった。 9/20/2003 「隠岐ってそういえば、日本海なんだなあ〜」なんてことを実感する看板(クリック!)を横目で見ながら、僕等一家は朝一番の超高速船・島根県境港行きのキャンセル待ちの列に並んでいた。台風が来ている・・・ということで、午後からの便は欠航になる可能性が高く、是が非でもこの船に乗らなくてはならないのである。 見送りに来てくれたムサシと息子は、仲良く椅子に座ってなにやらおしゃべりをしていた(クリック!)。 「今度彼らが会う時はいつだろう?」・・・大人の感傷を他所に、子供達は仲良く遊んでいた。 運良く乗れた船で(席は無く、なんと救護室のようなところに座らされたが)外を眺めていると、メルモさんとムサシが、こちらには気づかずに、いつまでも手を振ってくれていた。 また・・・すぐ会おうね!!そう、一生懸命船の中からテレパシーを送りつづけたサムライファミリーではあったが、届いたかなあ? 境港に着いて(クリック!)、一つ発見した事がある。 鶴丸シーサイドホテルに宿泊した時、歓迎!とかかれたホテルによくある看板に「NALで行く隠岐の旅ご一行様」と、言うのがあった。 「NALってJALの誤植かなあ?」と、訝しげに眺める妻に、「みんな口に薔薇でも咥えてくるナルシストのツアー客なんじゃないの?」なんて言っていた僕らだったが・・・ このポスターが港に貼ってあった(クリック!)。 NALって・・・中日本エアラインのことなんだぁ!!いや〜また一つ勉強になっっちゃったね〜。・・・でも中日本ってどこのことだ? 境港の町は、なにを隠そうあの「ゲゲゲの鬼太郎」の作者“水木しげる”大先生の出身地である。 これはかなり、小気味いいくらいに町ぐるみでの「ゲゲゲの鬼太郎」による町おこしが施されている。駅前には様々な妖怪の銅像が建っている「水木しげるロード」なるものもあるし、駅にはお約束のこんなモノまである(クリック!)。 一時間に一本ほど米子まで走る電車は「ゲゲゲの鬼太郎」号(クリック!)だし、町の街灯は目玉オヤジ(クリック!)、郵便局の外壁には“おどろおどろしい文字”で「水木しげるロード郵便局」などと書かれている。喫茶店でご飯を食べて(クリック!)外に出ると、なんと鬼太郎がいたりするのである(クリック!)。いや〜何気に楽しいのである。 ![]() ![]() 立ち寄った、少々アーティスティックなお店の女性店員が知る人ぞ知る懐かしのパンクバンド「頭脳警察」のTシャツを着ていたので、 「格好いいTシャツですねぇ」な〜んて誉めてみたら、「え?このバンドご存知なんですか!」なんて気を良くしてくれて、「せっかくだから妖怪のハリボテかぶりませんか?」と言われ、 なにがせっかくかは良く分からないのだが、被ってしまったのが上の写真である。 ちなみに息子は妻の“子泣きじじい”を見て、「頭がお尻みたい!」と喜んでいた。・・・そして僕はつい調子に乗って息子を抱きかかえてしまい、この写真を撮った後、激痛でうずくまるのであった・・・。 さて、その後僕らはこの旅最後の目的地、鳥取県の岸本町の岸本駅へ、単線電車(クリック!)を乗り継いで向かうのであった。ちなみに電車の内部にも鬼太郎がたくさん描かれており、息子はそれに夢中であった(クリック!)。 ![]() ![]() 国立公園“大山”の麓にあるこの町名や駅名(クリック!)は、まもなく“最近はやり”の市町村合併によって無くなってしまうらしい。そんなわけで本当の目的は微妙にぼかしてみたりするが(笑)、せっかくだから一度は行ってみようと思ったわけなのである。 ちなみに来た記念に駅の入場券を購入しよう!と思ったのだが、なんと無人駅で切符すら売っていなかった。どうやら降りる場所で料金は払うらしい・・・。 予約した大山ペンション村にあるペンション・アップリケ(クリック!)にたどり着く頃には、すっかり大雨になっていた。そんなわけで我々は昼の3時位から、夕食で起こされるまでグッスリと寝てしまったのであった。 ちなみに、睡眠途中で起こされ、無理やり夕食を食べさせられた息子は、かなり不機嫌であった(クリック!)。 9/21/2003 さて、旅行も最終日。大山のような広大な自然の中で、車も無く、台風だったらどうしよう・・・などと弱気な事を考えていたサムライファミリーだったが、さすが晴れ男のわが息子。 ![]() ![]() もう見渡す限りの大快晴であった。 とりあえず、車が無く、ぎっくり腰のおっさんを抱えた我々は行ける所はすっかり限られているので、でっかい大山の雄大な自然観照といそしんだ(クリック!)。なかなか言葉にはし難いけど・・・お勧めですよ!大山。 ちなみにこのあたり、バスは2時間に一本くらいしかなく(まあ駅までいっても電車も90分に一本くらいしかないのだが)、恐ろしく交通の便は悪い。 そこで、我々はレストランにて時刻表とニラメッコで、綿密な計画を立て、出雲空港まで全ての区間、バスを3本乗り継いで行くことに決めた。 バスの道中はまるで「日本昔話」のような風景が続いた。しかも秋の気配を感じさせる雲がどこまでもどこまでも続いていくのである(クリック!)。 ![]() ![]() 米子の駅(クリック!)に着き、またそこからバスで松江へ、そして空港へ。 海外の旅も確かに素敵ではあるが、国内旅行もどっこい捨てたもんじゃない。今回の旅行で僕らは確かにそう思えた気がするのである。 本当に楽しかったし、隠岐も大山もまた行きたいなあ・・・と思える本当にいい場所であった。 そして旅の途中でいろいろ僕等を楽しませてくれた、メルモさん、ムサシ、アラシをはじめ、様々に人に本当に感謝!なのである。 |